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神戸地方裁判所伊丹支部 昭和43年(ワ)57号 判決 1968年11月30日

原告

森武一

被告

中前寿郎

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実《省略》

理由

原告が旧事件の第一、二、三審を通じて敗訴したことは、当事者間に争いがない。従つて右旧事件の判決がすでに確定していることは明白である。

原告は、旧事件において敗訴したのは、被告が、偽造ないし変造の書証を提出し、或は虚偽の事実を陳述して、裁判所の判断を誤らせたためであるとし、右敗訴によつて、旧事件において訴求していた損害賠償請求額一五万円および慰藉料その他の費用五万円の損害が生じたと主張し、旧事件の確定判決によつて否定された損害賠償請求権の実質的な回復を求め、かつその他の損害をも合せて請求している。そこで、まずこのような訴訟と旧事件における確定判決との関係について、職権をもつて考察する。

ところで、原告主張のように、故意に虚偽の証拠を提出して、裁判所の判断を誤らせ、よつて自己に有利な確定判決を取得する行為は、まさに故意により他人の権利を侵害し、他人に損害を加えたものとして、一応不法行為の要件を具備するものといえる。そして、右のような不法行為訴訟は、確定判決の対象となつた訴訟と、その訴訟物を異にし、かつ確定判決において認定された事実つまり既判力標準時において確定された権利又は法律関係を一応承認する点で、確定判決におけるいわゆる既判力に牴触しないように見える。

けれども、かかる不法行為訴訟にあつては、その請求原因において、究極的には確定判決において認定された事実を相反する判断を求める点、すなわち証拠の虚偽性がなかつたならば確定判決と異なつた結論になると主張する部分において、やはり既判力に牴触するものとみなければならず、かりに然らずとするも、この種不法行為訴訟の実質が、確定判決によつて否定された訴訟物を再度むし返し、自己に不利益な認定の是正を求める点で、再審的機能を持つことを看過することはできない。

従つて、かような、不法行為訴訟は、原則として、再審の訴により確定判決が取消されないかぎり許されないものと解すべきである。けだし、再審手続を経由せずにこれを許容するならば、実質的に確定判決の当然無効を承認する結果となつて法的安定性を著しく害するばかりでなく、また再審の訴が再審期間を定め、刑事上有罪判決の存在など厳格な要件を設けている趣旨と矛盾するし、更にこの方法を悪用されるときは、再審規定を無視して名を損害賠償の訴にかり、実質的な再審手続を許容する結果となり、際限なく紛争をむし返すという弊害を生ずることは想像するに難くないからである。

もつとも、確定判決が虚偽証拠によつて詐取された点について、刑事上詐欺罪などの有罪判決が確定している場合のごとく明白に公序良俗に違反する訴訟行為に基づく不法行為の成立が認められる場合においては、右のような弊害もなく、又かような公序良俗に違反する訴訟行為によつて、確定判決を詐取した者は、形式的に既判力による法的安定の利益を援用できないものと解すべきであるから、そのような場合にのみ再審手続を経由せず、直ちに不法行為訴訟を許容して差支えないものと解するのが相当である。

これを本件についてみるに、原告主張のごとき虚偽証拠の提出について、詐欺罪の有罪判決が確定するなどの明白な公序良俗違反行為が存在せず、かつ確定判決につき再審手続を経由していないことは、弁論の全趣旨によつて明らかであるから、本訴請求は、旧事件の確定判決の既判力を排除しないまま、これに牴触する事実を主張する点において、証拠の虚偽性につき判断するまでもなく、失当として棄却すべきである。

以上のとおり、原告の請求は、不法行為の存否を判断するまでもなく失当であるが、かりに原告主張のとおり虚偽の証拠が提出されたと仮定して実体判断をしたとしても、次の理由により旧事件における確定判決の結論に影響がないものと推認されるから、やはり失当というべきである。

すなわち、成立に争いのない甲第一、二、三号証及び弁護の全趣旨によると、原告が本訴で不法行為の対象として事実誤認を主張している旧事件の請求は、「原告の先代森和一が、時効により取得していた甲山林の立木を伐採したところ、被告が故意に和一を森林窃盗犯人として告訴し、かつ甲山林及び前田悦子所有の山林までも盗伐した旨世間に流布したため、和一は精神的な苦痛を受け、かつ名誉を著しく毀損され、その衝撃で昭和三七年二月二八日死亡したので、和一の長男である原告において、和一の慰藉料請求権を相続したから、被告に対し金五万円とこれに対する遅延損害金の支払を求める。」という部分であり、右請求に対し、旧事件の事実審である第二審は、原告の先代森和一が甲山林を伐採したこと、被告が和一を森林窃盗犯人として告訴したこと、和一が昭和三七年二月二八日死亡したこと、原告が和一の長男であることは、当事者間に争いがないとしたが、和一が甲山林の所有権を時効取得したとの点は、全証拠によつても認められず、甲山林と同じ字である同所字尾谷には和一所有の山林のなかつたことが認められるから、甲山林が和一の所有であるとはいえず、又和一に甲山林の立木の処分権限を有していたとの証拠もないところから、結局和一が無権限で甲山林を伐採したことになり、和一の行為が森林窃盗罪になる可能性があるとし、従つて被告において和一が犯人でないことを知りながら、和一に盗人の汚名をきせようとして告訴したとは到底認められないと判示するとともに、かりに和一が窃盗犯人でなかつたとしても、甲山林と乙山林との所有関係が明瞭でなく、甲、乙両山林の境界が不明確であつたことなどの点に鑑み、被告が自己の山林が盗伐されたと考えたとしても、被告に過失があつたとはいえないと判示し、更に被告について和一が甲山林の立木のほか前田悦子所有林の立木をも盗伐したと世間に流布したとの事実は本件全証拠によつても認められないから、そのほかの争点について判断するまでもなく、原告の請求は失当であると判示していることが認められる。

右旧事件の事実審判決理由に徴すると、原告が本訴請求原因第二項で主張するごとき、甲、乙、丙各山林の配置や境界線の位置、方向ないし山道の位置などにつき、ことこまかな認定をしていないから、必しも誤認があつたとはいえないのみならず、かりに主張のごとき誤つた書証により若干の誤認があつたとしても、判決の結論に影響があるものとは全く考える余地がない。

又原告は、甲第八号証の示談書の判断につき旧事件判決に誤認があるごとき主張をしているが、かりにこれありと仮定しても、前顕甲第二号証の第二審判決理由によると、示談契約に関する説示部分は付加的な理由であるから、かりにこの部分に誤りがあつたとしても、同判決の結論には全く影響のないことが認められる。

従つて、結局旧事件判決の主文に影響を及ぼすべき事実の誤認ありとする原告の主張は採用しがたく、その余の争点を審理するまでもなく、本訴請求はその理由がなく失当として棄却を免れないのである。

よつて、本訴請求はいずれにしても失当であるから棄却すべく、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。(安田実)

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